日本人ほど「同調バイアス」の強い国民はいないのかもしれない。
もともとこれらの言葉は心理学上の言葉だが、原発事故の責任問題などはその際たるものだろう。
誰かが東電と言い始めると皆が安易に同調する。
何も考えずそれでよしとして片づけてしまう。安心してしまう。
これは魚群の行動に酷似している。
先頭の魚の向く方向に皆が従う。恐らく何も考えずに・・・
「赤信号みんなで渡れば怖くない」この言葉がもっともわかりやすい。
「同調バイアス」なる言葉の引き合いにでるのが「正常バイアス」「愛他行動」。
本来「正常バイアス」とは、原発事故が起こって放射性物質が飛散しても、それを正常の範囲内としてとらえ、心を平静に保とうとする気持ち。の意味で使用される。
人間が日々の生活を送るなかで生じるさまざまな変化や新しい出来事に、心が過剰に反応し、疲弊しないために必要な働きなのかもしれない。
しかし今必要なのは、自分で見極める努力(情報収集/情報判断)をすること。
これはそう簡単には出来ないことなのかも知れない。
でも世の中の動きを注意深く見ていると自ずと見え出す。
それが今一番適している時期なのだと思う。
敏感な人々は「鬱」なる言葉で集合化され端に片つけられてしまうが、他の人より敏感なだけであり、言い方を変えれば繊細なのだと思う。
それらの人が、そうでなき人に比べ多いかどうかで「常識」が決まってしまう。
世の中の流れの中で常識は変化する。
こんな世の中だから心萎えるのである。
心萎える者は、乾いた雑巾を絞れば切れてしまうことを知っている。
にもかかわらず人は平気で乾いた雑巾を絞り、生き抜こうとしている。
いつかきっと雑巾は切れる。
そのことを必死に説得することが「愛他行動」である。
でも全ての人を救うことなど出来ない。
ならば自分の大切な人だけには・・・そう思っては、こんなブログを書いているのかもしれない。
人に想いを伝えることは並大抵のことではない。
しかし、それでも続けることが大切なことだと思う。
それが生かされている。ということ・・・