新聞の片隅から、こんな意味深な見出しが目に飛び込む。
まだまだ悲しみが足りないせいなのか自分には1000年の恨みなるものが理解できない。
人を恨むとはどういうことなのか理解できない。
懐かしさは心の中に残っても恨みは消えて逝くものと思っているせいだろうか?
一時的な怒りは感じても恨みなることを思ったことがない。
起きてしまったことはすべてを受け入れるしかなく、
互いの意志伝達がうまくできなかった関係を切なく思うだけ。
必ずや両者に原因があるわけであり、その原因を探し修正をすればよいこと。
同じ人間である限り視点を広く持つことさえできれば
必ずや人は解り合えるのだと思う。
光学系で云えば倍率が異なるから、意志の疎通が出来ないわけであり、
人それぞれの焦点(環境)は異なっても、倍率(視点)を同じくすれば必ずや解り合えるものと確信する。
かつて絶えられなくなると最後は世捨て人へと逃避行する自分がいた。
たかが生きても1世紀も呼吸できないのに、なぜに解り合えないのか。
恨む必要があるのか?
半世紀呼吸をしていきて自分に言えることは、
「仮に100年たっても恋していることがあっても、恨みなどどこにもない」
人は全て愛や情によって生かされているのだから、