1週間で伯母が旅立った
母方のたった一人の伯母だった
生涯独身を通し和裁洋裁の教室を開き
仕立てを頼まれてはモノづくりに励み凛として生きた昭和一桁の人間だった
着物の生地をGパンに縫い込んだり・・・
その高き技術は自分のトレードマークのパーカーとして残った
週に一度お邪魔しては茶を立ててもらい世間話でひと時を過ごした
誰にでも分け隔てなく接したその人柄は
多くの人の心の中に残ったことだろう
最後の2日間は入院をして気を入れることを止めてしまったのだろう
未練もなかったのだろう
未練もないような世の中に別れを告げたのだろう
導師さまにより引導を渡され向こうへ行って
母や兄弟みなと会うことができただろうか
みなして下界の我々を見つめる側になって
下界の自分たちは入気様を問われ続けながらも
伯母の入気様を引き継ぎたい
苔の生す慈雲寺に紫陽花が雨だれ
職人が松の剪定をしていた