【四足の肉食学から悟ること】

牛も馬も人間に生命を支配され始めてから長い
その歴史は縄文時代にさかのぼる
肉食をすることは仏教で禁じている殺生を犯す行為であり
血に汚れた忌み嫌うべき穢れた行為であると考えて、牛、馬、鶏、そして卵を食べるのはタブーとなった
農耕に使う牛、戦闘に使う馬、身近に飼う犬、鶏を殺すことは嫌うが
野生の獣、鳥、魚を獲ることはそれほどでもない
川や海で魚介類を獲ることは動物性タンパクを食べるために止められなかった
家族同然に暮らしている牛馬、そして犬、鶏を殺して食べることは躊躇したと考えるのが正しいのかもしれない
明治維新になって肉食が解禁されえたのは西洋の影響だろう
インドで興った仏教には殺生を禁じる戒律があり
ヒンズー教やジャイナ教では菜食主義が守られている
これに対して 畜を生業としてきた西欧諸国の宗教である
ユダヤ教、キリスト教、イスラム教では 
人間の生命を養うために動物の命を奪うことを神が許している

さてそんな中 日本では鹿が生息域を拡大しているという
鹿は神の使いなどと崇められてきたものの
食糧難で昆虫も食べるなどとなれば
鹿の生命も牛馬、豚同様に人間の支配下に下るのか
それとも飼料がかからぬ野生のシカをこのまま獲り続行けては食するのか

犬を金に換えられず殺生するブリーダーたち
自由気ままな猫に嫉妬し解剖する子供たち
人間が人間を支配下に置きたがるように
人間の支配下に下った者はやがて絶滅する

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