小泉元首相が金日生総書記長の死去に弔電を打ったとのこと。
良かった。まともな心を持ち合わせた人がいたことに安堵。
もっとも平壌宣言の当事者であるからして当然と言えば当然のはず。
志井和夫氏を除く、現役の政治家達は平壌宣言をどう捉えているのか?
玄葉外務大臣はミャンマーなどへ行き経済支援をするのでなく、山岡拉致問題担当大臣と共に平壌へ行くべきだったのでは・・・
何事も最初が肝心。
とうとう諏訪にも雪が降った。
最高気温2℃
9時から出社。
暖房を入れる。
0. 7kg/h程度で燃焼。ロビーから2階まで全室で平均18℃。
10時間で343円。
年明けには10時間で目標290円にコストダウン。
節電などと騒ぎ立てていた市役所などは何をしているのだろうか?
税金で食べている人々(役人、警察、税務署など)は率先して節電に励んでもらいたいものだ。
何事も言われるがままの人々には創意工夫なるものがない。
だからしてこんな国になってしまった。こんな国にしてしまった。
これら問題に対する解答を提示しなくてはならない。
ほんとうはこれが官僚や政治家の仕事なのだが、今朝の安住さんの答弁を聞いていると、新橋のサラリーマン並(新橋のサラリーマンには失礼)。
正確には酔った新橋のサラリーマン並。
四六時中悩み抜いて欲しい。考え抜いて欲しい。
勉強会など一人でもできる。
物事の筋を考えて欲しい。
2015年に10%とは・・・国民層背番号制導入と同時。
いよいよ法治国家の姿が見え始める。
本来法治国家とは
「国民の意思によって制定された法律に基づいて国政が行われることを原則とする国家」のこと。
しかし現実には不可能なこと。
「子供や孫達に先送りは出来ない」これが国のキャッチフレーズ。
「法を守ってさえいれば何をしてもいい。」と考えられがちな幼稚な国民へのマインドコントロール。
官僚や政治家達にとって国民はその程度のもの。
勘違いしてはならないのは、法が中心ではないということ。
「法で規制されていなければ、何をしてもよい。」ということではないこと。
「法で規制していないから悪いのだ。」ではないこと。
物事の筋。「人間として何が正しいのか」
自分自身の良心、理性、正義、道徳、倫理観などで判断出来ないから法が必要になる。
幼稚な国民だからして法で規制しようとしている。
法≠常識 であることを常に考えていなければならない。
そのためには自分から、世の中から一歩下がって生きること。
これが難しい。
もっともこの状態に近いのは、鬱の人々なのかもしれない。
敏感すぎる故に鬱になる。
鈍感だから故に生きて逝ける。