【この世の端】

心ゆるせるからこそ感情を出すことができるのだとすれば
いつしか笑顔でごまかす自分がいる
先を見つめればいと難しきことでもなく
鼻先で笑って見せることさえできる

障子やふすまがあったからこそ 心気遣ったように
「申し訳ない」と口にするからこそ 心うまれたように
あなたがいたからこそ 心ぶつけたように

いつしか「おもてなし」がマニュアル化され
個室とともにプライベートが生まれ
表札が隠され 電話番号が隠され
お客さまを重視するよう指示しても自分を重んじ
「何故に手が遅い」かと問へば「ゆとりの世代だから」と屁理屈が返る

確かに復興税は続きながらも復興予算は減らされ
国立競技場といった見かけの箱モノばかりにお金をかけるのを見てもうなずける
価値観が壊れている
視点が狂っている

夢みて生きている訳でもなく
かといい 弱音を吐く訳でもなく
なんとか鼻先で笑って見せては 世の端でも生きのびるさ
再会を信じて

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