【映像vs言葉】

一日行けなくても気にかかる母
いとこの孝藏氏の来諏を話せば 
話を合わせるのでもなく「そう」と回想を結びつけたごとく笑顔を見せる
それがたまらなくうれしい自分がいる
映像と言葉 回想に占める割合はどちらが大きいのだろう
映像も言葉も回想なる白きキャンパスの上に置かれ
回想とともに生きていることに気づき
それを隠すがごく目先の会話や仕事があるのかもしれない
会話や仕事は心も隠せる
気づけば夜のしじまにそっと心開く

カテゴリー: 長岡暢の視点 パーマリンク

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 ※ が付いている欄は必須項目です