【表現の自由】

例年以上に忙しいのは
アベノミクスのせいでもなく
自ら蒔いた種により縛られている訳であり・・・
読みたき本が溜まるのを横目に日々暮れゆくかと思いきや
巷ではまた米国が「自由」なる御旗のもとに
「ザ・インタビュー」なる北朝鮮をモデルとした映画を放映した
コメディーだから 風刺的映画だから 許される映画なのか
米国にとって「自由」とは何か?
人間にとって「自由」とは何か?
統治される世の中において「自由」なる響きは心地よく聞こえるのかもしれない
でもその一方で「自由」には常に「責任」がつきまとう
単なる風刺画でなく映画や小説は洗脳的な力を持ちうる
いつ何がトリガーになるかわからない
その時誰が責任を取るのか

個人でさえ冗談が通じない人もいれば
冗談の中に本音を交える人もいる
米国人はすべて冗談が通じるとでもいうのか

自らが「自由」なる美旗のもとに始めた戦争で
責任をつけた戦争があるのだろうか

「表現の自由」というのならば
先進国の近代史の過ちの映画の方がいい
如何に同じ過ちを繰り返しているか
それが子供たちへのよき教材となる
今最も表現の自由が必要なものは教科書だろう

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