【写真はレンズで決まる?】

かつての京セラCONTAXの宣伝文句だったはずなのに・・・
今や写真は画像処理エンジンで決まる。
だからしてレンズの味が出ない。
すべて化粧してしまうのならばレンズなどある程度の性能を確保していれば何でも良いはず。
新規にレンズなど設計する必要はない。

誰もが美しい画像を好む一方で、自分は美しさでなく性格の出たすっぴんの画像がほしい。
人間とて同じこと。
美人ではなくその人の性格に心引かれる。

【DanCam】はそんなカメラメーカーへの苦言でもある。
単玉、ダブレット、トリプレット、テッサー、ゾナー、ガウス・・・
それぞれのレンズタイプの画質を今の世の中どれだけの光学設計者が語れるのだろう?
もはや写真はレンズでなく画像処理エンジンで決まる。
同様に人間も心でなく外見で決まるのだろうか?

如何に構成枚数を増やしても収差を0にする事はできないように
いくら繕っても美しい生気方などできない。
ならば画像処理エンジンなどを使い同じ様な画像を大量生産するのでなく
幾何学的収差の味を楽しめば良きこと
人間とて同様 流行や風潮によるマニュアル化されたロボット人間でなく、
個人の性格や情を受け入れる余裕が欲しいもの。

だからしてたとえ一人になっても
写真はレンズで決まり、人間は生気方で決まるのだと確信する。

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