「BPSDの理解と対応について」なる講演の聴講申込書が届く。
福祉用具貸与事業所をしているといろんな知識を習得しなくてはならない。
でもこれまた以前より腑に落ちない事柄の一つでもある。
認知症のいわゆる『周辺症状』=『BPSD』と定義づけている人があまりにも多いこと。
一般的に『周辺症状』(徘徊、不潔行為、暴力、せん妄、妄想、不穏、奇声)とは『中核症状』(記憶障害、見当識障害、失認、失行、判断・理解力の低下、実行機能障害)のある人が環境やケアなどの人的影響によって二次的に発生するものと理解している。
つまり患者本人の問題でなく、環境やケアなど外的要因があること。
だからして「BPSDの理解と対応について」ではなく単なる「BPSD勉強会」が正しい言い方なのだと思うのだが・・・
この『周辺症状』とは何も認知症に限ったことではない。
身の回りに何人もいるばかりか、人間の心の中に皆潜んでいるのだと思う。
だからスポーツや習い事などで気分転換を図る。
しかし体が不自由になるとそれすらもできなくなる。
『周辺症状』には「徘徊、不潔行為、暴力」などの 行動 としてあらわれるものと、
「せん妄、妄想、不穏」などの 精神状態 としてあらわれるものに分けることができる。
だからして適度な運動と適度な瞑想や読書が必要になる。
何ものも能動と受動に分けることなどできるはずがなく、
今の世の中皆周辺症状と中核症状の狭間で生かされているのだと思えば不思議と納得がゆく。
環境は自分で変えるもの。
一人が無理ならば皆で変えればいい。
それを信じ通すことが妄想と言われるのであれば、それはそれでよきこと。
問題は自己コントロールできなくなった人への環境整備とやさしさなのだと思うのだが。