七つの会議の最終回を迎えながらも
このドラマは何を問いかけたかったのかを考えてしまう。
この世の中金を中心で動いているが故に
会社=利益
継続=経営
などといった考えがいつの間にか一般化されてしまったのではないだろうか。
三菱自動車の隠蔽問題は記憶に新しい。
そこに人の命が関わろうが 人命<<企業<<利益
中小企業から大企業に至るまでが・・・
金=経営 と化している。
それはあたかも戦時中の指揮官たちエリート参謀に共通した悪弊に酷似している気がしてならない。
そこに「日本型リーダー」が生まれたプロセスがあったのかも知れない。
絶大な権力を握っていた陸軍の「派遣参謀」、適材適所の人事を阻んだ日本海軍の「軍令承行令」、単なる軍事オタクしか養成できなかった陸大・海大の教育など、
決断力に欠け、情報を軽視し、従来のやり方に固執して、責任をとろうともしない。
リーダーの不在を嘆く前に、リーダーシップとは何か、どういう人がふさわしいのかと、我々は真剣に考えてきたのだろうか。あの戦争の失敗に、果たして真摯に向き合ってきたのだろうか。
FiTにとって会社。それは創作の場であり、
法人なるカタチをとっているにすぎない。
創作をするにあたってはお金がかかる。
だからして与えられた宿題を解く。
解き方によってお金をもらい、利益を得る。
そんな動機で始めたFiTだったはずなのに・・・
2010年10月まで砂場を作るのに必死だった。
遊ぶことを忘れていた。
砂場はいつになっても出来ないけれど、
身を揺さぶる向かい風の方が、自分が生気て逝くにはちょうどいいのかも知れない。