2012年10月16日

中村なおあき(立候補者)の友人が、
僕のことを「自ら戦いに入ってゆくタイプである」と占ったらしい。
どこに自ら争いを好み参戦する者がいよう。
おかしな事に対しておかしいと言っただけのこと。
その相手がたまたま現役町長だっただけのこと。
いつの間にか何も言えなくなり、何も感じなくなってしまうことこそが、
先方の掲げる「誇りの持てる町民」なのか。
公約でなく、しがらみを重視することが「誇りの持てる町民」なのか。

名前を隠し、下らぬ圧力を掛けるのでなく
自ら名を名乗り自分の考えを言うこと。
これこそが「誇りの持てる町民」といえるのではないのだろうか?

昼すぎにペレットを届けに蓼科ヒルズへ
奈良から移住された初老の二人が公約にも掲げたSlow-Lifeを実践していた。
何とも羨ましい時の止まった時間がそこにはあった。

どんなに寒くとも、不便でも、二人の一緒の時間があればいい。
そんな夢のような生活をいつかすることができるのだろうか?

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