社員のお母さんが特老に入ることが決まった。
仕方はないというものの何故か無念さを感じざるを得ない。
認知症高齢者が10年で300万人を突破したという。
確かに働きながらの介護は負担になる。
それは自分もすでに実感していること。
しかし、しかしそれでも出来るだけ家で看てあげたい。
それが育ててくれたことへの恩返しだから・・・
米をとぎ、出来合いのおかずを出しても
「おいしい」「頂きました」と手を合わせる人に何お言葉も掛けられず・・・
惚けながらも自分のことを気遣うその人に
「いいから自分のことだけ考えて」
そう返答する毎日。
自宅で逝ける人は1割に満たない。
胃ろうや酸素吸入で延命することが必要なことなのか?
本人が本当に望んでいることなのか?
身内と一緒にいたい。
ただそれだけなのではないかと思う。
小宮山のおばさんが想定する24時間介護は医療費抑制が目的。
今後理由はどうであれ、結果的に国策を受け入れる人が増えるのかもしれない。
横軸中心お国に対して絶望と意義なる縦軸が国民の間から芽生えれば
政治家は単なる旗振りと化し
国民が中心となった国作りが出来るのかも知れない。
その為にはまずやってみせることが必要となる。
脱原発抗議活動などはその一つの種。
大切なのはその種を皆で育てること。