韓国で自殺者が増えているという。
原因は競争社会によるプレッシャーだという。
まだ 裕福=幸せ と考えているのだろうか?
経済が急激に成長することによる格差の拡大。
でも、もっともっと大切なものがある。
最後だとわかっていたなら・・・
無論「愛している」と言う。
というよりも共に逝くだろう。
昔は「かけおち」なる言葉があった。
まだウェットな時代にあった、甘く、悲しく、胸刺した懐かしい言葉。
「自殺」は今の乾ききった時代にもしっかりと根を張っている。
唯一自分の意志で選択できる「生きる」に対する自動詞。
「自殺」がなければ「生きる」はない。
「生かされている」受動詞しかない。
ユーロ圏からドイツが脱退でもすれば、フランス一国ではどうにもならない。
ギリシャの終期は想定内。残された国の臨終も時間の問題。
「生かされている」なる受動詞は人ばかりではない。
競争社会によるプレッシャー
過度な競争はそこにいる者を追いこんでいる
企業の中でも業績というプレッシャー、学校でも成績というプレッシャー、お受験に園児の時からプレッシャーに枠にはめ込まれたり、私たちは子供の頃から優劣を覚える。
相似性的にどこでもそれは行われている。気の毒なのはそのような構図の外に出る方法を知らないということだ。