2011年9月19日【敬人】

敬老の日になるといつも100歳以上の長寿者の話題となる。
100歳の大台に達する人が2桁増の勢いで増えている昨今。あながち他人の話ではなくなっている。
厚生労働省によれば、老人福祉法が制定された1963年には153人だった100歳代が、2010年には44449人に増加。
90歳代に至っては1365000人に膨らんでいるという。
2015年で高齢者が3000万人超。労働者人口が4000万人。となれば3人の高齢者を4人が支えなくてはならないこととなる。

 

 

 

 

 

 

昔僕は早く老人になりたかった。
自分の祖父をみてそう思った。
何でも出来る、何でも知っている祖父にあこがれた。
でもそれも今ははかなき夢と消えた。
「長老」「敬老」なる言葉にふさわしい老人が少なくなったからである。
いや、もしかすれば昔から少なかったのかもしれない・・・
でも思うに、昔の人々は今の人々に比べ、何でも自分でしたことは確かだ。
それによりいろんな事を習得したのだろう。
戦後の復興期を乗り越えた人々は、無からの出発だっただけに創意工夫するしかなかった背景がある。
それに比べ今のサラリーマンは企業に一部分。深く浅く・・・
それは誰のせいでもなく、結果的にそうなってしまったのかもしれない。
年金受給年齢が引き上げとなり、職もなくなる中高年。
人生が二度あれば」なる歌もあるが、この世にもう一度生まれてきたところで何が待っているのか?
当時は輪廻転生を信じ、次の世では・・・と思った。
でも色即是空と知れば、何もかも無になってしまった方がよい。
「男どき 女どき」を読みながら、「向田邦子の恋文」を併読すれば、彼女の生き方に一緒のあこがれを感じるのは、彼女の中にあこがれていた「敬老」いや「敬人」が見えたからである。

カテゴリー: 長岡暢の視点 パーマリンク

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です