【非倫理的習慣】

休日近くの100円ショップにでかければ
親がある気ながら飲み物をラッパ飲みし始めれば
子供たちも一斉にラッパ飲みし始める
そんな光景に出くわしてドキッとする
明らかに日本人 ここは下諏訪
昔学生の頃
キャンプ座間の食堂で米国人の女性が瓶ビールに口につけラッパ飲みしている光景をみて
カルチャーショックを受けたことを思い出した
その当時はそれが外国文化なのか・・・などと勝手な理解をしていた
あれから40年
日本の田舎で日本人が同じようなことをしている
しかも子供と一緒に・・・何かのCM映像見たく
気温は23℃でも よほど暑かったのだろうか 

人の失敗をこけら笑いしていた芸能番組は
普通は恥ずかしくてできないことをするのが芸なのか と理解していたのだが
何時しかそれが文化となり結果低俗な輩たちを生み出している
故に芸がなくなった無芸能人は売れなくなり
3面記事や時事を取り上げ 自らの無能ぶりを露呈した番組へと変貌した

文化は時代と共に変貌するも
変貌すれば変貌するほど文化から倫理がなくなって
非倫理的習慣を形成している気がしてならない

赤信号みんなで渡れば怖くない に象徴されるように集団になると脳から倫理が奪われる
なぜ人間は集団で行動すると 恐ろしい行為に走りやすいのだろうか
そんな環境で育った子供はどんな大人になるのだろう
この疑問については数多くの説があるが それらの説は大きく3つのカテゴリーに分けられるらしい
第1は「われわれ」の利益のために「彼ら」を犠牲にして行動するのは「合理的」だから という説明
第2は集団のなかに入ると 人間は匿名的な存在になり 個人の責任がごまかしやすいから という説明
第3は集団になると 個としての自己意識や 自分なりの道徳観念が薄れるから という説明
気が付けば政治までもが非倫理的習慣に侵されていることに気づく

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