【ルーチン社会の末】

TVでは毎日のように遺体が発見されては殺人が発覚する
いつ自分が当事者になるかもわからないのに
みな他人事くみたく 流し目
好きで大切な人を殺す者などいないだろう
思いが通じないから 無視されるから
言葉で表現できない 聞きたくもない
そんな単純な理由が動機なのだろうが
警察が動機を調べるも公表もされず
心理学にフィードバックされることもない
国際社会も同じこと
話し合いを止めれば戦争になる

大陸からやってきたペイペイを何の疑いもなく信じ込む
それでも被災に対する防災意識は天災さんのおかげで高まりつつあるも
「自分に限って・・・」「時代の流れだから」「便利だから」と
国策や社会を信じ切った輩たちが口をそろえての慣用句
そこにあるのは国任せ社会任せ風まかせ
被害者になって初めて疑問提示
「2度と同じことが起きないように・・・」とくる
中には被害に会ってぶつけどころを誤り人一倍騒ぎ立てるから始末に負えない

ルーチンワークとして片付けられる社会構造が生んだことは間違いないのだが
そのことに気が付かない国民がいることも事実であり
余計ことに夢中になっては「時間がない」といきり立つ

15年ほど昔
誰かの作ったモノが原因で・・・
誰かに襲われて・・・
など「人が原因で死にたくない」と言ったことを覚えていた人から
「今になってその意味がわかった」なる言葉を頂く
国や社会に関わればかかわるほどそんなリスクが高まる
家族間にまでルーチンルールが忍び込んだ末に家族崩壊、社会崩壊があるのかもしれない

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