春霞と黄砂

4月になってから、湖水の向こう岸が白く見えなくなる日が多かった。
温度差が大きな日は春霞と思い、そうでない日は黄砂と思い、
でも結局、秋田から帰郷して一度も外出しなかった。
(春霞は風流だけど、黄砂は歌にもならぬ。季語にはなるのか?黄砂を言い訳にしている自分がいるのかもしれない。)

テレビでは「日本の力を信じてる」「日本は強い国」-これらシンプルなキーワードをスローガンにすることは必要なのかもしれない。
でも、本当に信じていていいのか?どこに根拠があるのか?
戦後の急速な復興は、アメリカの資本主義の導入と生産者人口によるもの。
今の日本はすでに成長期を終え、衰退期に入ろうとしている。

被災者のほとんどは一瞬の出来事。
地震で家を失い、津波で家族と職を失い、放射能で故郷を失った。
誰もが明日は我が身で、被災者側に回るかもしれない。

どうしても被災者と、非被災者との間には隔たりがあるように思えるのは自分だけだろうか?
今おかれた立場の中で、今一度一人一人が立ち止まり、人生設計を見直す必要がある気がしてならない。

週末は思い切って買い物に行こうと思う。

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