【山が膿んでいる】

南木曾の土石流事故
専門家は原因を①短時間に降った異常な降雨量、②山の急傾斜を原因にあげた
果たしてそれが真の原因なのか?
もしも本気でそう考えているのであれば
とてもこれ以上 血税を国土技術政策研究所へつぎ込むわけにはゆかない

木曾といへば山の中
漆をはじめお伊勢さんへの御神木としても有名
しかしその実態は
地元の老人が「山が膿んでいた」という始末。
山は人工林。にもかかわらず山の手入れはされず荒れ放題

お伊勢さんへの御神木も岐阜の人には失礼にあたるが
「裏木曾」ならぬ付知峡などからの材を用いているのが実態。

そこには何がるのか?
国によるずさんな管理のために山々は荒廃し
困窮した住民は都会へと流れ 結果一層荒廃が進む
インフラ整備とはどこを見ての整備なのか
限られた化石燃料を用いて山村に材料・部品を運び
そこで組み立て、また化石燃料を用いて製品を移送させる
そのために箱モノや道を作ることがインフラ整備なのか

「我々の子孫のため」とはどの代までのことを見つめ言うのか

国策でヒノキを育てたのも人間ならば
定規で河川整備したのも人間である
その手法は正しかったのか

市場経済を重視する一方で その限界も認識して
生きざまを振り返り
いま「すべきこと」「してはいけないこと」を正しく考えよう

インフラ問題とはやがて年金問題や高齢化問題以上に我々に大きくのしかかってくるだろう
限られた資源や予算を正しく使わなければ
この先何年経っても
金星人たちは物言わぬ雨と山のせいにするだろう

一人の若き命を無くしても自分の身に火の粉がかからぬ限り学ばない人々
山や動物が悪いのでなく
彼らは我々にその時を忠告しているに過ぎない

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