【確かなこと】

Exif_JPEG_PICTURE
空間と感情の記憶は別々な経路を通り脳に蓄積されることがわかったとのこと。
自分の場合、かなり昔からわかっていた気がする。
何故ならばどこへ行ったという記憶はあるが、どんな思いだったなる記憶がマッチしていない。
やることだらけなのに、ペレットストーブの取り付けの下見に青木村へ・・・

どこにそんな時間があるのか?
でも時間を止めたい。
田沢温泉有乳湯なる低温の硫黄温泉。
昔は湯治場だったらしく、文化財級の古い木造旅館の間にその銭湯がある。
硫黄の香が少し鼻をつくも肌触りはいい。
こんなことをしている場合ではない!ことはわかっている。
でももう誰もそんなことをいう人はいなくなってしまった。
明日からの追い込みへのご褒美だと自分に言い聞かせる。

島崎藤村も訪れたというこの温泉街で
古人は何を思ったのだろう。
そんなことを思いながらシャッターを切っては時を止める。

たかが一世紀弱の間に人間はどこまで進化/退化するのか?
その退化や進化にどれだけの意味があるのか?
意味などある訳もなく、
ただ単に止まっているのか、動いているのか
それだけがわかればよきことなのかもしれない。

睡眠時の自分が自分なのか
道化師の自分が自分なのか
誰もわかりはしない。

でも確かのことは毎朝気力で生かされていること。
その原動力が夢と願い事であること。

カテゴリー: 長岡暢の視点 パーマリンク

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です