【ノーベル平和賞=希望的観測】

いつも思うこと。
選定理由は希望的観測以外の何物でもない。
ならば今回の受賞は何故にOPCW(化学兵器禁止機関)になったのか?
真に化学兵器を根絶に追い込みたいのならばプーチン氏に与えるべきである。
なぜならば化学兵器を最も多く保有している国の総支配者なのだから。
2009年オバマ氏にノーベル平和賞が授与された。
それは米国がいつも争いごとの核に位置しているからであり、平和への希望的観測を込めての授与だ。と理解している。
現にオバマ氏は具体的な行動は宣言以外何もしていない。
OPCWが如何に運動をしようが米露の和解がない限り戦いは繰り返されるのだから・・・
人は宣言したり授与されたりすると恥を重んじる。
それは日本を除いて万国共通なのかもしれない。
ならばプーチン氏が最も適任者なのではないだろうか?

そしてもうひとつ。受賞が有力視されていたマララさんへ。
ノーベル平和賞とは希望的観測の立場から選考されるだけのことを耳打ちしてあげなくてはならない。

冷戦がやまぬ限りいつの世も小国の一般民が犠牲になる。
水銀に関する水俣条約が国連環境計画に採択されたように、先進国の誰かが犠牲になり、
人生を台無しにしながら叫び続けなければどうにもならないのだろうか?
そしてその役をいつもこの国の人々が負うのは何故なのか・・・
ならば絶大なる権力をもつ政治家や官僚に負わせてみたい。
そう思うのはやはり自分だけなのか。

化学兵器保有量

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