【愛国心】

終戦68年を迎えても
沖縄に象徴されるように
この国は未だ米国の支配下にある。
つまりそれは終戦でなく敗戦のまま何もかわっていないのである。
政府はその矛盾に何もできず・・・
「強い国日本を取り戻す」なるキャッチフレーズで国民をだまし、
米国防衛予算を助けるための国防軍の準備をする。

世界に増税は予定通り行う。と宣言しながらも
4~6月のGDPを瞬時にも偽造工作。
あたかも苦慮しているかのごとく国民を誘導する内閣府。
内心すべては予定通り。なる国に対してどこまでこの国の国民は騙され続けるのだろう。
目先の自分には関係ないことなのか?
先を考えても仕方ないのか?
誰かが何とかしてくれるのか?

敗戦の意味とはどういうことなのか?
「妻と跳んだ特攻兵」など新たなる事実が次々と明らかになる。
我々は戦争の記憶をつなぐとともに、この国の逝く先を見つめなくてはならない。

生老病死のなかに国の逝く先を視る時間などないのかも知れない。
それはそれだけこの国の国民が一部の人々によって誘導されてきたからである。
しかしそれもすでに限界に近づき終焉を迎えようとしている。
老病死になってからでなく生かされている間に
この国の逝き先(かたち)を想う気持ち。
それが愛国心なのだと考える。

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