政治は相変わらず国民そっちのけの自分ら中心の業の政治を行っている。
国民は政治そのものへ不信任案を出すべき。
民主党の功績は日本の政治がこの程度のモノであることを国民に教えてくれたことだけ。
今の有権者も自己中心的だから、後は天罰を待つしかない。
国立ガンセンターでは被曝についての専門家が激論。
国際的な見解であろうが何であろうが、少ない前例から安全方向へウェイトを置いた対応をとること。
すなわち内部被曝に重点を置いた対応をとることである。
何れにしても日本の政治も医学も統計学が中心であることに変わりはないことを国民は熟知しなくてはならない。
誰も責任はとってくれない。
他人がしているから・・・日本はここから始まる。
だから世界初めてものを作っても評価をしてくれない。
他国の人が評価をしてくれたのを見てから初めて評価(同意)する。
=自分で評価をすることが苦手な国民。
政治からスポーツ、芸能に至までアメリカライズ
今やスポーツで子供に夢がどこまで届いているのかはなはだ疑問。
非生産的なスポーツで誰かを救うことが出来るとすれば納税の他は何もないだろう。
外貨を稼ぎ、せっせと納税して欲しい。
その方が今の子供達のスターとなろう。
1633年の今日(6月22日)。
ガリレオ・ガリレイは宗教裁判で裁かれた。
科学と宗教のねじれが現代にもかいま見られる気がするのは何故だろうか?