【なんと哀れなことだろう】

日曜の朝日新聞の1面を飾ったのは震災の記録の廃棄だった
エビデンスの目的は多数ある
それが公的であろうがなかろうが
気づいたことこそが重要であり 事実のみの記録は目的を半減させる

官邸主導で気づきは削除 事実だけの記載となれば文書よりも画像や音声の方が情報量は増える
ドライブレコーダならぬヒューマンレコーダが必須となる
そしてこれらの最終目的が人間の学習にあることを忘れてはならない
「○○を言った」「○○を知っていた」などばかりでなく
そこから何を感じ考え方を改めたか それにより成長したか
退化し逝く人間を成長させるためにあることを忘れてはならない

不確実な統計をもとに予算を組んだところで
数のみで採決されるのであれば統計は要らない

成長の成果は逝き方に現れ 政策の成果は貧困率に現れる
いざなみ景気を超えようが海外景気のおかげで景気が上向いたこの国が
このさき何処へ向かうのか
アベノミクスとて示せるはずもなく
政治家は歴史好きだという
年末には安倍首相も「信長の原理」(垣根涼介著)を読んだのだという
戦国時代の昔からアホな国主と漂流してきた国だから
時代変われど同じ過ちを繰り返し続けているのかもしれない

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