3.11からもうじき半年。
死ぬまでに考えておきたいことの一つとして、「魂」がある。
魂の定義。
一般に自分の心や精神のことを魂と表現する傾向にある。
「魂の叫び」となると第三者的な感じがしてしまう。
魂もまた虚構なのかもしれず、無形にも関わらず自ずと丸いモノ。というイメージをしてしまう。
これは魂が火の玉となって形成され、脳のどこかにイメージされているからなのだろうか。
最近魂についても科学的に取り上げられつつも、未だ哲学や心理学。仏学といった分野に位置している。
が未だ誰も明快な答えは出していないにもかかわらず、わりに身近に位置している。
身は滅びても(=死んでも)魂は生き続ける。などと言うことを聞くと、魂は不死なのか?
最近ではDNAを引き継いでいる。などと言い方もされる。(DNA=魂?)
臓器移植によって臓器が生かされる。とかクローンだとiPS細胞だとか?
「かのものの死をこのものが生き」
それは物質的なものであり、魂とは非物質にある自我(エゴ)との中間に位置するのだと思う。
物質:肉体には脳があるように。
非物質:精神にはエゴが存在する。
エゴは何によって形成されるのか?DNAなのか?血縁なのか?
「心身(身も心も)」なる言葉がこの両面を意味するとなれば、「心身共に」などという言葉は物質と非物質が一体となった最高の言葉である。
かつてどれだけの人がこの言葉を口にしたことがあるだろう。
この言葉の意味を理解していれば、恐らく大切な人にしか言えないはず。
自分も生まれてこの方、一人にしか言ったことがない。
柔剣道には心技体一致なる言葉がある。
心(行動的側面)・技(身体的側面)・体(行動的側面)が一致する訳であるが、これらが一致してしまうことなど現代社会には限られた環境下にしか存在しない。
血縁以上に濃い何かで結ばれている気がしてならないし、
今話題となっている絆みたいなもの以上に一つになる丸い魂を信じたい。
今までがそうであったように、これからもそう信じるだけ。