紙幣、貨幣。お金もまた虚構の一つ。
物理的にはただの紙切れと金属片。
しかし、このお金にそれなにがしかの価値を与えているのは人間であり、金や食品の様にお金そのものに価値があるわけではない。
にもかかわらず、お金自体に価値があるモノと思い込み、人はお金を追いかけて奔走しているのがこの世の中。資本主義社会。
何故そう思いこんでしまうのかといえば、食べること。生命を維持することに直結しているからなのかもしれない。
人によっては「生命の維持+快楽/快適=人生の価値?」と思い込んでいるからなのかもしれない。
人生の価値とはお金によってでしか得られないのか?
3.11以降、誰もが皆一度は考えたテーマなのではないだろうか。
「モノでなく人に・・・」これは個人ばかりに限ったことでなく、未だ箱モノを重視する地方首長にもいえること。
ひとりでも多くの人がお金の虚構に気づき、お金がなくても愛があれば・・・と気づく人が増えれば、そこに必ずや光が射し込む。
稼ぎ方にもゆとりがなくなってしまった現在。
その象徴が自動車業界にも見えだした。
トヨタが中国で基幹部品を生産することを表明。(9月3日)
予想通りとは思ったが、正直これほど早く表明するとは思わなかった。
これまた目先のみを見た経営。業そのもの。
国内雇用の維持や技術の流出など考えず、中国市場の確保のみが主目的。
それほど国を代表してきた自動車産業が逼迫していることを、我々は理解しなくてはならない。
ホンダも12年にHVの中国生産を始めるが、基幹部品は日本から供給することになっているものの、右に倣え!となるのだろうか。
臭覚の優れた強業企業は、国よりも生命力がつよいことも理解すべき。
その上で我々自らが判断しなくてはならぬ時は、予想以上に早く訪れることとなるだろう。