雨が降ると言いながらも依然空梅雨。
24日の東京には梅雨など無く、そこはすでに真夏だった。
いつものように天気予報が外れ始めたのか?
スーパーコンピュータを持っても外れてしまうのか?やはり異常気象?
皆何食わぬ顔をして生きていた。
計画停電といわれればそれに従い、増税といわれればそれに従う。
皆あきらめているのか?それとも納得しているのか?他人事。
23日にいつも通り沖縄全戦没者追悼式が行われた。
日本初の民間人を巻き込んだ地上戦から66年。
沖縄戦での全戦没者は20~24万人とされ、日本側の死者・行方不明者は188,136人に及び、内沖縄出身者が122,228人、そのうち94,000人が民間人であったとのこと。
とても想像することができない。
そして今、その爪痕として米軍基地がある。
命を奪われ、土地を奪われ、権利を奪われた人々。
それはある面、東日本大震災と似ている。
その長い月日を考えればそれ以上である。
何故に今になっても戦争が続くのか?
戦争さえしなければ・・・なる考えが今の日本人の他人事・・・的な考えの根底にあるとすればそれも問題だと思う。
内乱=発展途上国 なる感を持っているかもしれないが、それは逆にいいこと。
自国をどうにかしようという現れを感じるから。
赤坂を歩いていても、新宿を歩いていても皆他人事。
経済発展がどんなに進んで、高い生活水準を達成したにせよ幸せとは限らない。
NHKの朝ドラの「おひさま」は他人事では無かった頃の日本を表している。
そこには「プライベート」などという言葉はなく、「情」や「絆」があった。
核家族化による過疎化や一局集中化が進む日本に於いて、今必要なのは「情」や「絆」だと思う。
「お金が無くても愛があれば」なんて若者の言葉と軽く見た大人がいた。
でも今こそ,その言葉が真実みを帯びてくるのではないだろうか?
人間の情や絆が希薄になって行くに従い自殺者は増えるだろう。
本当に大切な人と笑顔で暮らしたい。
生活水準が低かろうが、何を食べようが、そばに一緒にいることこそがいちばんの幸せだと思う。
GDPならぬGNH(国民総幸福量)なる指標がある。
これは人口67万のブータン王国が1972年に定めた指標。
指標の中身は 心理的幸福、健康、教育、文化、環境、コミュニティ、良い統治、生活水準、自分の時間の使い方 などの9つから構成されている。
日本もいつまでもGDPを競い合うのでなくGNHを競い合うことこそが日本の進むべき方向である。と考えるのは僕だけだろうか?