【心の退化を止めるために】

お釈迦さまの誕生日でさえ花見に明け暮れているにもかかわらず
商業化されたクリスマスになると猫も杓子も大騒ぎ
イエス・キリストはいくつになったというのか
そもそもイエス・キリストの誕生日も不確実

クリスマスは磯野家のものだったのだが
その磯野家が今どれだけあるのだろう
「バカモン!」と言いきる親がどこにいるのだろう
視聴率の減少が物語っている気がする

認知症の人と医者の会話
医者「どこか痛いところありますか」
本人「懐が痛い」
安心して病気にもなっていられない世の中になってしまった

ダーウィンの進化論の矛盾が話題になる昨今
生物は弱肉強食や生存競争の中で生き残るために長い年月をかけ自然に形が変わっていく訳なのだが
人間の世界ではいつも滑舌な口調をもった政策にて弱肉強食が繰り返され
形は変わらずとも心が退化して逝く

いつまでも目先の商業的イベントに夢中になることなく
強欲首長が何を考え、何処へ向かおうとしているのか
今はこの二人の輩の言動を見逃さないこと

橋下氏と連携 瀬踏み

カテゴリー: 長岡暢の視点 パーマリンク

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