【漂々と】

釈迦は完全に「業」を滅し、二度と輪廻することのない安らかな境地に至ることを至上の目的とした。
そのために「この世では善きことも悪きこともしてはならない」と説いた。
なぜならば「業」は悪事を働いたときのみに発生するものでなく、
善き行いをしたときに、自分の心の中に
「善きことをしてやろう」「自分はこんな善きことをした」
なる思いから「業」がうまれるからだという。

ならば自我意識を捨てるにはどうすればよいか

ただ与えられた問題を解いて見せればいい

悪きことは時として善きことに変わり
善きことは時として悪きことに変わる

漂々と生かされて逝けばいい

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