【残業代0】

「ホワイトカラー・エグゼンプション = 年収1000万円以上は残業代0」なのだそうだ。
何故にいつもお金を尺度に線引きをするのか
仕事の内容で線引きをしないのか
収入に関係なく、ミスをしたら間違えた人々が無償で対応する。
これは人間として当たりまえのこと
ホワイトカラー労働者(主に事務に従事する人々を指す職種・労働層)なる言い方もおかしい。
ホワイトカラーの中には仕事をしている人と労働をしている人と2種類いるのでは・・・
労働であればルーティンワークであることより自動化ができるはず、
仕事には段取りや考え方なる自動化できない部分がある。
その部分にいる者の評価は残業でなく、スポーツ選手同様成果(年収)で評価すべきである。
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こうして考えれば 官僚、政治家の成果は税収である。
もしも税収が下がれば、自分らの仕事の成果化が出なかったこととなる。そうすれば残業代はおろか年収が下がって当然と考えるべきである。
何故に1000万とか100万とか・・・単純に金額で線引きをするのか?
優秀根研究者が揃わないからお金を出す。のだという
優秀な研究者はすべて金を尺度にもった金星人なのだろうか?
労働は工夫すればある程度まで自動化することができる。
どこもかしこも人不足なのだという。
その原因は何なのか?
人口減少?高齢化?・・・それもあろう。
でも労働者が増え、仕事する人が減ってしまったからではないのか。
ルーティンワークを自動化して皆が仕事をするようになれれば、
人間らしいSlow-Lifeも選択できるはず・・・
高付加価値な生産ができなくなったから人手が不足する。
ならばそんなに拡張しなければいい。
高付加価値のできる人を育てればいい。
すべてをマニュアル化するから労働者になってしまう。
お金を尺度に物事を見つめてしまう。
好きだから・・・
世の中を変えたいから・・・
その人がいるから・・・
といった理由で働く人は、労働者ではなく仕事人と定義すべき
年収の高い管理職とはそのどちらなのだろう
何を管理して 何で評価されているのだろう

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